Study on R.H.Blyth


吉村侑久代著 『R・H・ブライスの生涯〜禅と俳句を愛して』(同朋舎出版 1996)

                            
第2次世界大戦後、海外に日本の短詩型文学(特に俳句と川柳)を紹介し、今日の俳句の国際化を築いた、元学習院大学教授のイギリス人俳句文学者R.H.ブライス(Blyth)(1898〜1964)の業績をとりあげた。筆者は現地調査をはじめ、北鎌倉の松ヶ岡文庫の古田紹欽博士や世界的な詩人James Kirkup, アメリカのハイク創設者の一人であるJames Hackett らブライスに関わりのある人々に取材を重ね、大きな功績を残したにもかかわらず、これまで明らかにされなかったブライスの生涯に迫り、ブライスの再評価を行った。特に母国で知られていない日本での活躍、また出生から母国イギリス出国までを、史実に忠実に記述し、さらにブライスの詩的な基盤と宗教への関心を明確にした。本書は日本におけるブライス研究の基盤となった。


R.H.Blythと著書『HAIKU』『Japanese Life and Character in Senryu』

■その他のブライス研究論文等

 R.H.ブライスのルネサンス 1995年3月25日 松ヶ岡文庫研究年報第9号 イギリス人俳句・川柳研究者であり、元学習院大学教授R.H.ブライスは、1946、1947年に鈴木大拙と共に『The Cultural East』を出版した。終戦直後の日本はアメリカ文化一辺倒の中にあった。ブライスと鈴木はGHQや占領軍将校に俳句、川柳や禅の紹介につとめた。英文雑誌 『The Cultural East』 は2年で廃刊になり、出版部数も少なく、幻の英文日本文化紹介誌だが、現物を入手し、ブライスの業績を再評価した。
 アメリカ禅ハイクの系譜     ―R.H.BlythとJames W.Hackett― 1997年12月20日 『東海英米文学』        第8号               東海英米文学会 世界各地でハイクをつくる詩人のほとんどが、英語で書かれたBlythの『Haiku(俳句)』4巻を入門書の一つにしているほどBlythは日本の古典俳句の海外紹介の先達としての役割を果たしてきた。アメリカハイクの創始者の一人である「禅ハイク」の巨匠、James W.HackettはBlythの唯一の弟子として、「ハイクの道は人の道」をモットーに現在も詩作を続けている。筆者はHackettから得た資料をもとに、BlythとHackettの交流を軸にしてHackettのハイクの世界を考察する。
 アメリカ禅ハイクの系譜     ―R.H.BlythとJames W.Hackett― 1997年12月20日 『東海英米文学』        第8号               東海英米文学会 世界各地でハイクをつくる詩人のほとんどが、英語で書かれたBlythの『Haiku(俳句)』4巻を入門書の一つにしているほどBlythは日本の古典俳句の海外紹介の先達としての役割を果たしてきた。アメリカハイクの創始者の一人である「禅ハイク」の巨匠、James W.HackettはBlythの唯一の弟子として、「ハイクの道は人の道」をモットーに現在も詩作を続けている。筆者はHackettから得た資料をもとに、BlythとHackettの交流を軸にしてHackettのハイクの世界を考察する。
 R.H.Blyth and American Haiku - R.H.Blyth, James W. Hackett, and Richard Wright 2001年12月24日 朝日大学一般教育紀要  第27号 アメリカハイクに絶大な影響を与えたR.H.Blythの系譜を考察。BlythとJames W. Hackettにおける禅ハイクの系譜を、1950年代の交流を中心に記述。Blythから季語の概念を受け継いだ黒人作家Richard Wrightのハイクにおける自然観を考察。アメリカハイクに影響を与えたBlythのは、海外の俳句普及に、禅仏教という俳句本来の特徴からの本流から傍流の系譜を生み出し、またそれが俳句の魅力と認識されて、海外ハイクの普及を促した。(英文)
 英文誌『The Cultural East』からの東洋文化総体の基盤をなす精神世界Editorialの翻訳を試みて 2004年3月25日 財団法人松ヶ岡文庫研究年報 第18号           発行所 松ヶ岡文庫 昭和26年、27年に戦後初めての英文日本文化紹介誌である『The Cultural East』が、鈴木大拙とR.H.ブライスによって世に出た。日本に駐留していたGHQの将校らに日本文化を紹介する目的で出版されたが、2号で廃刊となった。そのEditorial(編集論説)は、ブライスが執筆しているが、大拙とブライスの禅における愛の思想、大悲が語られ、ブライスの俳句観を知るうえで貴重な文献である。そこで本邦初めての翻訳を試みた。
 ブライスと俳句 2004年9月1日 『現代俳句』426巻 9月号 国内外で再評価されつつあるR.H.ブライスの俳句観を記述。内容は1.俳句は世界文学である 2.『俳句』の歳時記風構成、ブライスの卓見 3.俳句の翻訳・研究を通した自己の内的世界の表現について、である。日本人の一般の俳人は、R.H.ブライスについての知識はほとんど皆無である。以前は俳句は日本人にしか理解できないと信じていた俳人たちが、昨今のハイクの国際化を目の前にして、R.H.ブライスを意識するようになった、といえる。
 海外への俳句波及とR.H.ブライス 1999年9月1日 日本英学史学会報       No. 89 日本の短詩型文学と、禅を根底に捉えた詩心を西洋の精神に橋渡しをし、西洋詩の中に、日本の俳句の詩心と同等のものを見出した外国人日本文学者はブライスをおいて他にはいない。西洋に於けるブライスの影響を記述。ブライスの没後30余年、ブライスの評価が日本でも彼の母国イギリスでもやっと始まった事を日本英学史学会の年次会報に報告。
 「天皇陛下に川柳を教えた男R.H.ブライス」特集 1998年5月 『月刊オール川柳』 葉文館出版  (著者)吉村侑久代 新垣紀子                    R.H.ブライスの業績を川柳に焦点を合わせて論じた川柳の一般誌の特集号。  (分担部分)ブライスは俳句と川柳を世界文学の枠組みの中に入れ、俳句も川柳もあらゆる世界文学の傑作と共通の要素を持つと論じた。特に筆者は、ブライスの日本文化論および俳句と川柳に彼が出会うことの内的な要素を述べた。ブライスの川柳研究にたいするリサーチは、国内外ともに始まったばかりである。今後、俳句とともに川柳研究が進むであろう。その第一歩となったのが、この論考である。pp.20〜21
 R.H.ブライスとバーナード・リーチの美意識 1994年4月22日 BRITISH HAIKU SOCIETY, Ilford LONDON,UK イギリス人俳句研究家R.H.ブライスと世界的な陶芸家バーナード・リーチの交流を掘り起こし、両者に共通する東洋への憧憬と日本文化への深い認識を、英国ハイク協会総会で発表。発表の地はブライスの生まれた土地ロンドン郊外のイルフォード。
 R.H.ブライスと金沢 1996年6月30日 日本英学史学会         北陸支部大会(金沢市図書館) R.H.ブライスが約2年間滞在した金沢は、ロンドンの街を思い起こさせるほどブライスを魅了した。第五高等学校の英語教師として金沢滞在中の仕事、鈴木大拙との出会い、金沢での暮らしを1940年の時代背景と照射させて論じた。金沢はブライスにとって、日本本土での初めての仕事場であり、対戦国の人物として人生のターニング・ポイントになった土地である。
 アメリカ禅ハイクの一系譜      ―R.H.ブライスとJ.W.ハケット 1997年8月24日 東海英米文学会             第13回大会(名古屋サン・プラザ) 1950年代より1960年代にかけて、アメリカハイクは第三期の創設期にあった。この時期にR.H.ブライスがアメリカハイクに与えた影響とその定着、ブライスの唯一の弟子であるJ.W.ハケットとの交流、ブライスに影響を受けたハケットのハイク観とその違いとを分析した。
 R.H.ブライス著 『The Cultural East』 からの発言 1999年6月10日 日本比較思想学会       東海支部研究会         (愛知学院大学) R.H.ブライスと彼の師鈴木大拙によって1946年とその翌年に出版された『The Cultural East』は、GHQの占領軍将校らに日本文化を紹介するための英文雑誌であった。そのため現存するものは僅かで、幻の書物として文献に書名の記載があるだけで内容は把握出来なかった。偶然入手することができ、ブライスの日本文化観を示す資料として報告。
 R.H.Blyth and American Haiku 2001年5月15日 12th Annual Conference of American Literature, American Literature Association, Cambridge, Massachusetts, USA 英国人でありながら、日本から禅を背景に独自の解釈でハイクを海外に紹介したR.H.Blythに影響を受けたアメリカハイクの系譜を述べる。特にブライスが、あらわした『俳句』から季語の概念を、海外に知らしめた功績を述べた。
 A Gift from R.H.Blyth 2001年12月1日 The 117th Modern Language Association of America, New Orleans, USA 禅仏教を背景に日本の俳句を解釈したR.H. Blythが、アメリカやヨーロッパの俳句に与えた影響の是非を世界各地の俳句詩人にアンケートで応えてもらった結果を加えた。今もなお絶大な影響力をもつ彼の俳句観を考察。
 海外への俳句の広がり―ブライスと世界俳句 2001年11月1日 群馬県土屋文明記念文学館 海外においても、日本においても、日本の古典文芸である俳句を翻訳し紹介したR.H.ブライスのことを知る人は少ない。とりわけ英語で書かれたブライスの書物を読み、彼の俳句観を知る日本人は少ない。日本文化、特に禅を愛し、俳句を愛したブライスは俳句を世界文学の一つとして世界に紹介した。
 The Haiku World of R.H.Blyth 2002年9月1日 World Haiku Festival 秋田県雄和町 秋田県雄和町で開催されたWorld Haiku Festivalの英語部門は、R.H.Blythの顕彰であった。Blythの研究者として招待講演を依頼され、The Haiku World of R.H. Blythを講演する。ハイクの国際化に関して、先見の目を持っていたBlythを紹介(英語講演)。またWHCのWebサイトにおいても講演内容をみることができる。
 21世紀俳句の新領域をさぐる「ブライスと俳句」 2004年6月1日 第82回現代俳句青年部勉強会 現代俳句協会図書室にて 「俳句は東洋文化の花であり、生きかたそのものである」という俳句観を持つ英国生まれの俳句文学者、R.H. ブライスに対する関心が、最近強くなってきた。この勉強会の要請を受けて、「ブライスと俳句の係わり」「ブライスの俳句観」、「今日の俳句に与える意味」を講演。